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『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』
『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』
Author: 53歳おっさんテケナー

第1話《ランウェイとランドセル》

last update publish date: 2026-02-09 20:28:17

春の夕暮れ。

アスファルトに残る昼の熱が、まだ足元から立ちのぼっていた。

小学一年になったばかりの彩は、

背中に大きすぎるランドセルを揺らして歩いている。

その隣を歩くのは、姉――十八歳の歌原レイラ。

死まで、あと十年。

1. 楽屋裏・ファッションショー会場(都内某所)

制服のまま。

大きすぎるランドセルが、背中をいっそう小さく見せる。

彩は、控室の扉のすき間から中をのぞいていた。

鏡台の前。

一流のメイクアップアーティストたちが、迷いのない手さばきでレイラを仕上げていく。

パウダーの匂い。

ライトの熱。

空気そのものが、張りつめている。

彩は目を丸くし、夢中で見入った。

――お姉ちゃんが、どんどんきれいになっていく。

キラキラして、まぶしくて。

ほんとうに、“おとぎばなしのお姫さま”みたいだった。

鏡越しに、レイラが視線を送る。

ずっと、気づいていた。

「……ふふ。そんなに見られると、こっちが照れるんだけど」

彩は、はっとして顔を引っ込めようとする。

「大丈夫。入ってきて。……ちゃんと見てて、彩」

彩は嬉しそうにうなずき、小走りで寄ってくる。

レイラが、そっと彩の頬に触れる。

――そのとき。

レイラの視線が、袖口に止まった。

左腕。

淡い紫色の痣。

一瞬、呼吸が遅れる。

「……」

言葉にならないまま、視線だけがそこに縫い留められる。

「あ、それね」

無邪気な声。

彩は、自分の腕を差し出した。

「だいじょうぶだよ」

レイラは、触れない。

触れられない。

「きのう、ちょっといたかったけど」

一拍。

「お母さんがね、“間違ってごめんなさい”って」

レイラの眉が、ほんのわずかに動く。

鏡越しでも分からないほどの変化。

「わざとじゃないって。

だから、わたし、ゆるしたの」

“ゆるした”

その言葉が、静かに落ちる。

「……そう」

声は、完璧だった。

「いまは、もう痛くないよ。ほら」

痣の上で、指を動かそうとする。

「――やめなさい」

強くも、怒ってもいない。

ただ止める。

彩はきょとんとする。

「だいじょうぶだよ?

お母さん、ちゃんと謝ってたし」

レイラは、ゆっくりと息を吐いた。

――二度目。

一度目は、偶然と呼べた。

二度目は、もう違う。

「……彩は、悪くない」

それだけ言う。

彩は、意味も分からないまま、にこっと笑った。

レイラは、そっと袖を整える。

痣が完全に隠れる。

――これは事故じゃない。

――取引だ。

レイラの瞳の奥で、何かが静かに切り替わる。

「レイラさん、あと三分です!」

「はい」

レイラは立ち上がり、彩の目線までしゃがむ。

そっと頬をつつき、囁く。

「行ってくるね、彩」

「うん! がんばって!」

レイラは、光の方へ歩いていく。

その背中は、遠くて、まぶしかった。

――あのとき、私は思ったんだ。

“お姉ちゃんみたいになりたい”って。

2. ショー本番・ステージ上

煌めくランウェイ。

歓声とフラッシュが交錯する。

レイラが登場した瞬間、会場の空気が変わった。

流れるような一歩。

完璧なポーズ。

そのすべてが、“スター”だった。

観客席最前列。

小さな椅子に座る彩は、両手を胸の前でぎゅっと握りしめている。

足元にはランドセル。

制服の上着が、きちんとたたまれていた。

……お姉ちゃんって、ほんとにすごい。

ステージ端で、レイラが彩にウインクする。

彩の頬が赤く染まり、目を大きく見開いた。

3. ショー終了後・控室裏の廊下

「おねーちゃんっ!」

レイラは、ハイヒールのまましゃがみ、彩を抱き上げる。

「ただいま。どうだった?」

「すっごくかっこよかった!

わたしも、ぜったいモデルになる!」

一瞬、レイラは驚いた顔をして。

すぐに、笑った。

「ふふ……じゃあ、約束ね」

小指を絡める。

「いつか、ふたりでランウェイを歩こう」

「やくそくだよ!」

4. その夜・車の中

黒塗りの車。

運転席に歌原和人。

助手席に歌原陽子。

後部座席に、レイラと彩。

彩は制服のまま寄りかかり、眠そうにしている。

足元には、ランドセル。

「ねえレイラ、今月も……例の件、なんとかならないかしら」

「お前が稼いでるから、彩を育てられるんだ。

家族のためだと思え」

レイラは、目を閉じて息を吐いた。

「……振り込みは、明日しておく」

一度は、彩を引き取ろうとした。

二人で生きる未来も、考えた。

でも――

“親権”という鎖を盾に、和人と陽子は彩を渡さなかった。

断れば、また痣が増える。

だから私は、差し出すしかない。

「ほんとレイラは頼りになるわねぇ。

彩にお金かけてあげないと、可哀想でしょ?」

彩が、うっすらと目を開ける。

眠たげに、瞬いた。

レイラは身をかがめ、小さな声で耳打ちする。

「……彩は、私が守るから」

その言葉の意味も、重さも。

幼い彩には、まだわからなかった。

お姉ちゃんの匂いがしてた。

あの頃の思い出は、ずっと光ってる。

でも、

あれが“最後のやくそく”だったなんて、思いもしなかった。

約束を守れなかった悔いと共に、

私の物語は始まった。

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